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東京高等裁判所 昭和40年(う)2614号 判決

被告人 富士化学工業株式会社 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部、被告会社および被告人伊藤公夫の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人水谷勝人、同河野曄二連名の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一点および第二点について

各所論の帰するところは、原判示感光紙について、被告会社は物品税の納税義務者ではないと主張するにあるところ、原判決挙示の各証拠によれば、原判示感光紙は、被告会社が協栄商会から入手した原紙に加工した製品であり、これを朝日写真工業株式会社(以下朝日写真と略称する)に納入し、竜栄社において使用されたものであること、および、右協栄商会と言い、朝日写真というも、いずれも、竜栄社とともに藤井行雄の経営にかかり、事実上、竜栄社の一部門というにひとしいことは、各所論のとおりこれを認めることができるが、右各証拠、とくに、原審証人藤井行雄、同遠藤正の各証言、被告人伊藤公夫に対する大蔵事務官の各質問てん末書および各証拠物件によれば、被告会社と協栄商会、朝日写真との各取引は、むしろ被告人伊藤の要望によってこれを売買としたものであること、各帳簿、伝票等の記載は、すべて売買として記載されていること、原判示感光紙の代金は、原紙ではなく製品のメートルあたり単価によって算出され、かつ、製品の良否によって価格に差等があり、なかんずく、不良品については相当の値引がなされていることが認められ、その他、各証拠によつて認められる取引の実態に徴すれば、原判示感光紙は、原判示のごとく、製造者たる被告会社が、自己の商品を他に販売したものと認めるに十分であり、したがつて、被告会社は、当時の物品税法第四条にいわゆる製造場より移出した製造者にあたり、当該物品について物品税の納税義務者たることは明らかである。所論を考慮に容れて記録並びに各証拠物を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するも、本件取引が、所論のごとく竜栄社の委托による加工品の引渡しに過ぎないものとは認められず、したがつて、右物品税法第六条第三項により、被告会社において納税義務を免れうるものとは認められない。

本件取引における所論指摘のような諸事情は、すでに、原審において弁護人から種々主張されたところであるが、この点に対し、原判決が「弁護人の主張に対する判断」として説示するところはこれを是認するに足り、右判断に所論のような誤りは存しない。

所論は、原判示感光紙、とくに、四国製紙の原紙に加工したものについては、その製造方法、製品の回収、販路等について、種々、竜栄社から相当の拘束を受けていたとして、これを強調するが、竜栄社のごとき商品の需要者が、自己の利潤を増進して業界の激しい競争に打ち勝つため、自己の用途に適した商品を、より安価に、より独占的に入手しようとして製造者に種々の要望をなし、被告会社のような製造者もまた、できる限り需要者の要望にそうような商品を製造して売上げの増進を図り、ともに企業上の利潤を追及しようとするのは、取引における通常のことであつて、なんらこれを異とするには足りないのみならず、そもそも、被告会社と協栄商会、朝日写真(竜栄社)との取引は、感光紙の原紙の購入が現金取引によらねばならない業界の実状の下において、当時、資金難のため原紙の入手が困難となり、企業の継続自体が危殆に瀕していた被告会社が、たまたま、仲介する人があつて藤井行雄と交渉を持つに至り、その結果、原紙を直ちに現金の支払をなさずして入手したうえ、これに加工した製品を買い取つてもらい、その売却代金を以て右原紙の買受代金に充当する便宜を得るに至り、辛うじて感光紙の製造等、企業の継続をなしえていたものであることは、証拠上明らかであり、かかる両者の経済的優劣の事情等、両者の利害関係を考慮に容れて考察すれば、所論にいわゆる竜栄社の被告会社に対する拘束も、これを拘束というよりは、むしろ両者の利害関係の調和による一種の妥協と認めるのが相当であり、あえてこれを所論のごとく拘束というも、かかる拘束は、主として右のような経済的優劣の事情に由来する事実上の制約にほかならず、これをもつて、本件取引が所論のごとく委托加工なることに由来する法律上または契約上の拘束とは認めがたく、所論のごとく契約の本質を左右しうるものではない。

なお、所論は、被告会社の製品について、竜栄社が不良品、断裁屑まで、総べてこれを回収していたと主張し、これをも被告会社に対する拘束とし、本件取引が委托加工であることの論拠とするが、当審証人藤井行雄の供述によれば、不良品についても、技術上の工夫により使用にたえうる限り、値引してこれを引き取つてやり、断裁屑(いわゆるみみ等)も、玩具用に使用する等他に用途があるので引き取つたというにあり、これとても、所論がいうように「回収された」というよりは、むしろ朝日写真(竜栄社)において被告会社の利益を図つてやつたと認めるのが相当であり、あえて、これを契約上の拘束というには足りず、のみならず、もしも本件取引が所論のごとく委托加工であるとするならば、所論にいわゆる不良品の製造のごときは、委托の本旨にそわない加工というべきであるのに、竜栄社等において、これに対し、損害賠償等、契約違反の責任を追及した等の形跡は記録上全くこれを窺いえず、いわば単なる粗悪品として、それ相応の対価をもつて受領していたことは、むしろ、本件取引が売買であることを裏づける一つの証左とこそなれ、これをもつて委托加工と主張する論拠とはなしがたい。

なお、原判示感光紙の移出が、原判示のとおり、これを売買によるものと認められる以上、論旨第二点のごとく、これを委托加工として当時の物品税法第六条第三項を適用しうる余地はなく、同論旨は物品税法の体系を誤解するか、または、全く独自の見解に立脚するものであつて採用の限りではない。

以上の次第で、原判決には各所論のような事実誤認、ないし法令の解釈適用を誤つたがごとき違法はなく、原判示納税義務者に関する各論旨はいずれも理由がない。

第三点について

所論は、原判決が、四国製紙の原紙に加工したものをも課税物件と認定したのは事実の誤認ないし審理不尽の違法をおかしているものであると主張するが、原判決挙示の各証拠とくに笹井明作成の鑑定書、原審証人笹井明、同大塚徳次、同藤井行雄の各証言等によれば、所論四国製紙の原紙による感光紙もまた物品税の課税物件と認めるに足り、この点に関する原判決の説示もまた、相当としてこれを是認するに足る。所論は、課税物件の決定は、物自体の性状によるべきことを強調して前記笹井明作成の鑑定書が所論感光紙を「複写用に近い性状を有する」ものとする点等を援用し、とくに、原判決が、物の性状のみならず、その用途に対する製造意図を重視すべきものとしている点を論難するが、物品税はしやし品税ともいわれる消費税であり、生産その他の事業に直接使用される物品または生活必需品を除き、しやし、美飾のし好、娯楽などの性質をもつ消費の目的となる物品をもつて課税物件としていることは、同法の沿革および立法の趣旨に照らして明らかであり、それ故、物件が課税物件にあたるかどうかについて判断するには、材料または原料、形態、構造、製造方法、性質、性能のほか、その用途、使用方法または価格等の実質について、総合的に検討してすべきものと解するのが相当であり、所論のごとく物の性状のみを重視して決定すべきものではなく、また、その用途、製造意図は、とくに前記物品のしやし性等当該物品と国民生活または生産上の必要度を決定する重要な要素となるものであり、原判決がこれを重視して決定の基準となしたことはまことに相当というべきである。そして、各証拠によれば、所論感光紙が、竜栄社において、映画用スチール写真またはテレビのバツクスクリーン用として使用されるものとして製造されたことは原判決説示のとおりであるから、その名称のいかんにかかわりなく、当時の物品税法第一条丙類第一六号所定の課税物件にあたることは明らかであり、所論のように、取引上、「スチール用印画紙」「バツクスクリーン用印画紙」等独立した感光紙の観念が存在しないとしても右認定を左右するものではなく、この点について所論のごとく原判決に審理不尽の違法があるともいえない。記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するも、原判決が、原判示感光紙を総べて課税物件と認定した点について、所論のような事実誤認または審理不尽の違法は毫も存しない。論旨は理由がない。

第四点について

所論は、原判決の量刑が不当に重いと主張するにあるが、記録並びに当審における事実取調の結果から窺われる本件犯行の動機、態様、被告会社の当時の資産経営状況、逋脱税額、各前科、被告人伊藤の性格性行等一切の情状に照し、とくに被告人伊藤および被告会社は、本件各犯行当時、本件と同種の逋脱事犯により東京地方裁判所において審理中であつたことにかんがみれば、所論のごとく、四国製紙の原紙による感光紙について明確な脱税の意図がなかつた(しかし、その犯意を背認しうることは、原判示のとおりである。)、等、被告人らに有利な事情を考慮に容れても、原判決の各量刑が不当に重いものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件各控訴は、いずれもその理由がないので、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は同法第一八一条第一項本文、第一八二条により、その全部を被告会社および被告人伊藤公夫に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅富士郎 石田一郎 金隆史)

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